SHARE 玉井洋一による連載コラム “建築 みる・よむ・とく” 番外編1「懐の深いシャリのような美術館───八戸市美術館」
建築家でありアトリエ・ワンのパートナーを務める玉井洋一は、日常の中にひっそりと存在する建築物に注目しSNSに投稿してきた。それは、誰に頼まれたわけでもなく、半ばライフワーク的に続けられてきた。一見すると写真と短い文章が掲載される何気ない投稿であるが、そこには、観察し、解釈し、文章化し他者に伝える、という建築家に求められる技術が凝縮されている。本連載ではそのアーカイブの中から、アーキテクチャーフォトがセレクトした投稿を玉井がリライトしたものを掲載する。何気ない風景から気づきを引き出し意味づける玉井の姿勢は、建築に関わる誰にとっても学びとなるはずだ。
(アーキテクチャーフォト編集部)
※建築家が作品として発表する建築物についての考察は「番外編」として掲載していきます
懐の深いシャリのような美術館
八戸市美術館の見学会で、設計者のひとりである西澤徹夫さんのツアーに参加した(設計を手掛けたのは西澤徹夫・浅子佳英・森純平)。徹夫さんの解説は、美術館にまつわる様々な事象に対する愛と批評性に溢れていた。美術館の具体的なつくられ方や使われ方に始まり、幅木やコーナーガードなどの部分のはたらき、なるほどと思わせる什器のディテールや裏方でのモノの扱い方など、実践的かつユーモアのあるアイデアは、今後美術館のスタンダードになっていくだろう。
もうひとつすばらしいと感じたのは、市の職員の方が率先して建築の補足説明をしてくれたこと。それは美術館を自分ごととして捉えていないとできないことであり、この建築に対する誇りを感じた。時間をズラして行われていた共同設計者の浅子佳英さんによる解説もぜひ聞いてみたかったが、これからもたくさんの人が八戸を自分ごととして解説している未来がイメージされた。
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この美術館の特徴であるジャイアントルームの写真をはじめて見た時、これは「教会」だと思った。最近、個人的に教会に興味があることが関係していたかもしれない。建築のプロポーションや構成における類似性やズレ、都市広場と建築の関係性、個人から群集に及ぶ使われ方の多様性、誰でも受け入れる平等性、建築と美術の共存性、教える場と学ぶ場など、八戸の教会性について妄想していた。
しかし現地で実際に建築を体験してみるとその妄想は的外れなものではないけれども、一方でたくさんある八戸の捉え方のひとつであって、どうでもいいことのようにも思えた。なぜならこの建築は、美術館とは何か?これからの美術館はどうあるべきか?といったように「美術館」そのものついてトコトン考えていたからだ。
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SNS上には見学会に関する様々な感想や写真がアップされていて興奮度が伝わってくる。ひとつ加えるとすれば、建築による人や町の「気配」のつくり方がとても良いと思った。それは窓の取り扱い、特に小さな窓をパラパラと配置するのではなく集約された「大きな窓」としたことに起因するのではないか。またそれの裏返しの副産物としてできた「大きな壁」が面毎に異なる吸音材で仕上げられていることも独特な気配を生むことに一役買っているのではないか。
ジャイアントルームの角窓は長いベンチとセットで人と町の拠り所となり、高窓から取り入れられた光は長いカーテンや吸音材の柔らかな表面を反射しながら床まで届く。地面と空に接続された大きな二つの窓は、音を蓄えた大きな壁と共に、あっけらかんとした清々しさをジャイアントルームの内外に生み出していた。八戸市美術館はアーティストの作品を見に行く楽しみに加え、人や町に会いに行くための場所にもなっていくだろう。
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今回の旅では八戸市美術館を含む4つの美術館に行くことができた。弘前れんが倉庫美術館(2020年)→八戸市美術館(2021年)→十和田市現代美術館(2008年)→青森県立美術館(2006年) 。青森には異なるタイプの現代美術館が揃っていることに改めて気づいた。時間があれば八戸と共に他の3つもぜひ回ってほしい。2000年代以降の美術館が何を問題にしてきたかがよくわかるだろう。
八戸で食べた寿司がうまかったので寿司に例えると、4つの美術館はそれぞれ味が異なる寿司ネタで、食べ比べることでお互いをより深く理解できるだろう。食べる順番はおまかせするが、新鮮なものからでも熟成されたものからでも何でも良い。順番によってそれぞれの捉え方が変わってきそうなところも面白そうだ。
また、青森、十和田、弘前、八戸が、白身、赤身、光もの、貝類、巻物のどれに当てはまるか考えてみてほしい。八戸以外は割と思いつくけど八戸が決まらない。もしかしたら八戸はどんなネタでも受け入れられる懐の深いシャリのような美術館なのではないか。建築家の塚本由晴さんが八戸を見て「映え」に対して良い意味で「枯れ」の建築だと評していたが、確かに寿司で映えるのはネタであってシャリではない。
玉井洋一
1977年愛知県生まれ。2002年東京工業大工学部建築学科卒業。2004年東京工業大学大学院理工学研究科建築学専攻修士課程修了。
2004年~アトリエ・ワン勤務。2015年~アトリエ・ワン パートナー。