SHARE 川島範久と日本土地建物が、次世代の中規模賃事務所のプロトタイプを目指し完成させた、東京・港区のオフィスビル「REVZO虎ノ門」をレポート
川島範久と日本土地建物が、次世代の中規模賃事務所のプロトタイプを目指し完成させた、東京・港区のオフィスビル「REVZO虎ノ門」をレポートします。
まず、社会背景として東京の中規模賃貸事務所の老朽化が進み、建て替えの進むフェーズに入っているという事実。そして既に他の大手ディベロッパーもその状況に対し、ビルディングタイプの提案を加速させている状況があるそうだ。そのような状況の中、日本土地建物は一連のシリーズとして商品化できる中規模賃事務所のプロトタイプの開発を望んでいた。そして、その開発及びブランディング(差別化)を図るために、デザインパートナーとなる建築家を選定するクローズドなコンペが行われた。そこで選ばれたのが建築家の川島範久だ。
川島は、川島範久建築設計事務所を主宰し、日建設計在籍時代には「NBF大崎ビル(旧ソニーシティ大崎ビル)」を担当した経歴をもつ建築家。川島がこのコンペで選定された理由は、建物の特徴的な顔となっている端正なファサードのデザインだけではない。前例となる類似するビルディングタイプを丁寧に分析し、それをコンピューターシミュレーションなどを活用し裏付けを持って合理化を図ること、使われる素材に来歴の分かるストーリーのあるものを選定すること、などによって視覚的なデザインだけでなく、同様のビルディングタイプの常識を刷新することでこの「REVZO(レブゾ)」というブランドを確立する提案をしたのである。これは、建築が形のみで差別化できなくなった現代におけるアプローチの一例とも捉えられる。
ここでは、川島と日本土地建物による本建築の随所に散りばめられたアイデアと配慮、形骸化され現代の状況とかけ離れた慣習を、どのように改善しようとしたかの一端をレポートします。
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外観の特徴になっているのは、その端正な表情と、ファサード前面に設けられたバルコニースペースから溢れんばかりに育っている植栽だ。この植栽には、既に鳥がその実を食べに訪れたり、蝶も舞い込むなど新たな生態系が生まれているようだ。この植栽はこのビルで働く人たちにはもちろん、道行く人、周囲のビルで働く人たちにも良い影響を与えているようにも思えた。
建物は地上11階、地下1階で、2階~9階の賃貸部分はワンフロアに一つのテナントが入る計画となっており、その各フロアの専有面積は約360m2。ワンフロア・ワンテナントというのは、この規模の建物だから行いやすい計画なのだそうだ。
また、建物右側の壁面部分はエレベータ一のスペースにあてられている。一般的な同規模のオフィスでは道路側ファサードをカーテンウォールとし、建物裏側にコアを配置することが一般的だという。しかし、このビルでは、建物両端にコアを配置する計画としている。後に写真でも紹介するが、これによって建物裏側にも大きな開口部を設けることが可能になっており、自然換気や採光が可能になっている。
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エントランスホールは、コンパクトな設計となっており、外部の植栽が内部に連続するような設計だ。ホールに天井高をとり印象的な空間を演出するような旧来ながらの手法を採用しなかったのは、その部分の面積を、他の空間に回し、現代に求められるべき価値を提供するためだという。
しかし、コンパクトだが、様々なアイデアがそこには込められている。最も特徴的なのはそこに設置された4面のモニターと、この場所のために特別に制作された映像作品である。本記事の最初にも少し触れたのだが、本建築では使用される素材や家具類に来歴が明確な自然素材を使うということもコンセプトのひとつとなっている。このモニターには、本建築で使用された素材や生産地の様子が採取され映し出される。
それは、建築に実際に使われている自然素材を暗示するものであり、働く人たちが、日々映像に触れる中で、この建築を身近に感じて欲しいという思いが込められている。
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共用スペースもコンパクトながら丁寧に設計されている。エレベーター脇に設計された木製のベンチの設えは、まるで住宅のように感じられ落ち着けるスペースとなっている。
階段部分の踊り場には、東京2020のエンブレムデザインでも知られる野老朝雄によるアートワークが設置されている(制作は佐賀県の有田焼)。それは、各階によってパターンと色合いが異なっており、階段を上り下りしたくなる、さりげない仕掛けにもなっている。
また共用部に、トイレがないことも特徴的だ。トイレは専有部に含まれている。これも、ワンフロア・ワンテナントだから実現できたことなのだそうだ。共用部の面積を減らすことは、賃貸オフィスビルの収益面でもメリットがあると言えるし、専有部にトイレが入っているからこそ、借り手はそのトイレにも自由に手を加えることもできる。例えば、男性用トイレと女性用トイレの仕切りの壁を移動させ、入居する借手の雇用状況に対応することも可能とのこと。
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建築全体のプログラムを見た時に特徴的と言えるのは、最上階の10階に入居者専用の共用ラウンジが設けられていることだろう。このフロアには、会議室が設けられており、予約制で使うことができたり、キッチンスペースも設けられており多様な使い方が可能なスペースとなっている。キッチンカウンターの壁部分と壁面の一部(庇)には「富山県 高岡銅器」が使用されており、その独特なテクスチャーは空間のアクセントにもなっており非常に印象的だった。このスペースの存在も借り手にとっては魅力的だろう。
配置されている家具は「北海道 旭川家具」が、ボックス席天板等には「福島県 会津塗」が選定されており、その柔らかな質感と表情はオフィスで働く人達に安らぎを与えるように思える。また、ラウンジの混雑状況は、各フロアに常時伝えられる仕組みがあり、移動しなくても混雑時を避けることができるとのこと。
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最後に紹介するのは、この建築の主役ともいえる賃貸部分のフロア(2-9階が同じプラン)。この部分にも様々なアイデアが込められている。
まず、一般的に賃貸オフィスは、OAフロアの上に安価なタイルカーペットが貼られた状態が一般的なのだという。それは不動産側の視点によれば、借り手がすぐに入居できるように仕上がっていることで、契約が上手く進みやすいからだ。しかし、実際には、入居者がそのカーペットを剥がし、貼り直しをする事例が非常に多く、そこで大量の廃棄物が出ているという現状があるのだという。本建築ではそのような慣習を改善すべく、OAフロアでの状態で止めておくことで廃棄物を減らし環境への配慮をしている。このような現実を分析し貸す・借りるの仕組みにまで介入しようとする姿勢も全体を通して感じられる点だ。
また、空調機器が全て片側に寄せられているところも印象的だ。こちらも慣習的には、全体的に均一に配置することが一般的だという。しかし、コンピューターでシミュレーションしてみると、その慣習的配置に合理性がないことが明らかになったのだという。このサイズのオフィスに関しては、むしろ片側に寄せることで効率的な空調が実現できることが分かったのだそう。更に、これによってスラブ下3.7m、梁下2.8mの空間が生まれ、使い方の自由度が飛躍的に上がっている。これも慣習を疑い、丁寧に検討していくことで、新たな提案を実現しているという点で、この建築を象徴する部分でもあるように思えた。
ファサード側に設けられたバルコニースペースも、本建築の個性を生み出している。バルコニーを設けることで住宅のようなサッシを設置することが可能になる。またワイヤーメッシュを設置したうえで、植栽を配置、さらにセットバックした位置に手すりを設けるというデザインで距離感を作ることが、転落防止措置となり、誰もが気軽に出入りできるバルコニーが実現している。実際にバルコニーの外に出てみても、距離感のデザインが効いており不安感無く利用可能で気持ちの良い空間となっていた。
建物裏面の開口部も開閉可能。そして腰壁の高さを一般的な手すり高さである1.1mに設定することで、こちらも転落防止措置がとられており、安心して開閉が可能となっている。よって、両面からの採光が可能になると共に自然換気も可能となっている。
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設計者の解説を聞きながら本建築を見て回っていると、あらゆる箇所のデザイン、選定されたマテリアルにストーリーや意図が込められていることに驚かされた。もちろんファサードやプランニングなどの大枠の部分でも非常に合理性や新規性が追求されているのだけれど、手で触る部分のデザインやストーリー、入居者にとっての使い心地の部分の配慮に多大な検討と思考が積み重ねされていることが分かる。それらの小さなストーリーの集積こそが、この建築の魅力でありブランドのコアになる部分だと強く感じた。
設計者の仕事は視覚的なデザインすること、寸法を決めること、であるのは間違いないのだけれど、その背景や来歴までもデザインの範疇に含めコントロールしようとする川島と日本土地建物の設計姿勢に、今後の建築設計者が取り組むべき方向性の一端を見せてもらったと思う。
そして、最後になるが日建設計の羽鳥達也がSNSの投稿で指摘しているように、本建築がビジネスベースの建築であり、ここでの思考と配慮が“ビジネスとして”入居者にとっての価値に転換できるという判断の元完成したというのは認識しておかなければいけない事実だ。
建築の世界の中で価値のあることを生み出すことも尊い行為であるのは間違いないのだけれど、一般社会の価値観との間に立ち、そこに存在する強固な慣習を、冷静な観察とテクノロジーによるシミュレーションによってひとつひとつ検証し、時にそれを否定しビジネスのルールの中で新たな最善案を提示していくことも、建築業界にとって非常に重要な行為なのは間違いない。そんな意志を強く感じる建築であった。
図面とダイアグラム
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■建築概要
名称:REVZO虎ノ門
所在地:東京都港区西新橋1丁目8−1
事業主:日本土地建物株式会社
デザイン監修:川島範久建築設計事務所
設計:川島範久建築設計事務所(建築)日本土地建物株式会社(建築・設備)平岩構造計画(構造)
監理:日本土地建物株式会社(建築・設備)平岩構造計画(構造)
施工:株式会社安藤・間
竣工:2020年6月
用途:事務所
構造:S造・一部RC造
階数:地上11階、地下1階
延床面積:4570.98m2(1382.72坪)
基準階貸室面積:355.42m2(107.51坪)
総貸室面積:2,842.64m2(859.90坪)
エレベーター:2基(乗用15人乗り×1基、乗用・非常用17人乗り×1基)
駐車場:機械式11台(ハイルーフ対応)、荷捌き1台
耐震性能:耐震基準1.25倍相当
受電方式:異系統2回線受電・高圧受電方式
非常用電源:発電機200kVA×1台(24時間運転想定)非常用コンセントを貸室内に実装(6か所/フロア,計4.5kVA)
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トータルディレクション:日本土地建物
デザインパートナー:川島範久
ブランディング・プロデュース:F-inc.
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設計:
川島範久建築設計事務所(建築)
日本土地建物(建築・設備)
平岩構造計画(構造)
建築環境コンサルティング:川島範久,高瀬幸造,大沼友佳理
施工:株式会社安藤・間
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インテリアデザイン・FFE選定:川島範久,國友拓郎(川島範久建築設計事務所)
植栽:GREEN SPACE,花門フラワーゲート
照明:永島和弘+永島有美子/CHIPS LLC.
音響:WHITELIGHT
階段タイルアートワーク:野老朝雄
カーテンデザイン・制作:堤有希
VI・サインデザイン・ディレクション:F-inc. + 前島淳也
IoT:内田洋行
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FFE:
コーディネーション 高橋三和(REMON)
高岡銅器着色 折井宏司(モメンタムファクトリーorii)
高岡鋳物家具 KANAYA
会津塗 製作コーディネーション 関昌邦(関美工堂)
会津塗 塗師 冨樫孝男(塗師一富)
オリジナルスピーカー製作 田口音響研究所
有田焼タイル(階段タイルアートワーク) 製作 寺内信二(李荘窯)
旭川家具 CONDE HOUSE,Time & Style,匠工芸
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エントランス映像制作:
プロデュース 高橋三和(REMON)
ディレクション 高平大輔
クリエイティブディレクション 大内裕史
映像編集・制作 WINEstudios
音源制作・録音 WHITELIGHT
プログラミング 三上勝也(ハートス)
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ウェブサイト:
Webデザイン 日本デザインセンター
CGアニメーション 橋本健一制作事務所