



青柳創と青柳綾夏が設計した、岩手の「金ケ崎の家」です。
寄棟屋根や左官真壁の採用が必須な地域での計画です。建築家は、意思と無関係に“外形が決まる”状況に対し、通常と異なり“内部の空洞”の支え方を思考せざる負えない設計過程に着目しました。そして、空洞を実態に変質させるべく極細列柱の構造体を考案しました。
この場所は、江戸時代からの武家屋敷群と、それらを囲う生垣が特徴的な街並みを形成する集落の中心「表小路」の突き当りに位置している。伝統的建造物群保存地区の規制がかかり、寄棟屋根で左官の真壁としなければ新築することが許されない。
間口は広いが奥行きが浅く、地域内では比較的狭い敷地において、外観規制の条件と要求された容積から南北に細長い建物外形がほぼ自動的に導き出された。武家屋敷風の外観を模すことは形骸とも思えたが、この集落にとっては街並みこそが重要な観光資源であり、県外から移住する建主にとっての集落に溶け込むための儀式的な側面もあったため、外観は街並みに馴染ませることを優先した。
一方で、建主や設計者の意思とは無関係に建物の外形が決まるということは、同時に内部に「空洞」を存在させてしまうという、奇妙な「反転」現象を起こしていることに気が付いた。先に空間があるという意味では改修に近いとも思えたが、それともどこか状況が異なる。改修対象の既存には空間に先行する構造体も合わせて存在するからだ。
つまりこの家は、通常の構造体が空間を形成していく設計・力学のプロセスとは異なり、先行する「空洞」の支え方を思考するという順序がまったく出鱈目の設計ということになる。このことに気が付いた時、新古典主義を代表するエティエンヌ・ルイ・ブーレーによる「ニュートン記念堂」の空洞が頭を過ぎった。ブーレーは建築の内部を宇宙へと「反転」させる巨大な装置を創造したが、この家は形式としての外観が「反転」して、内部に存在起源をもたない白昼夢のような空洞を生じさせているのである。
この空洞に相応しい逆説的な支え方を考えた際、空洞の暗がりの中から朧気に、繊細な柱群が浮かび上がる様を想像した。それは、いわゆる伝統的な古民家にあるはずの骨太で密な小屋組みの存在感が、極細の柱に集約され象徴化されるような様である。

















