



MVRDVが設計した、フランス・ボルドーの集合住宅「ラ・ヴァレ・ヴェルト」です。
現地の言葉で“緑の谷”と名付けられた建築です。建築家は、“親密さ”の実現を目指し、3つの棟をくり抜いて“緑豊かな円形の中庭”を形成する構成を考案しました。また、様々な樹種を収めた植木鉢の維持管理の為に庭師のアクセス経路も用意されています。
こちらはリリーステキストです(翻訳:アーキテクチャーフォト / 原文は末尾に掲載)
MVRDVがラ・ヴァレ・ヴェルトを完成、バスティード・ニエル地区にひっそりとした緑の隠れ家を創出
MVRDVは、ボルドーのバスティード・ニエル地区における住宅プロジェクト、ラ・ヴァレ・ヴェルト(*La Vallée Verte、フランス語で「緑の谷」の意)の建設を完了しました。MVRDV自身のバスティード・ニエル・マスタープランの日陰のある街路と旧鉄道線路の間に位置するこのプロジェクトは、マスタープランの「サンカット」による角度の付いた形態と、緑豊かな「クレーター」、すなわち、ゆとりあるテラスを彩る豊富な植栽を備えた円形の中庭を組み合わせています。人生のあらゆる段階にある居住者を惹きつけるため、さまざまな規模の70戸の新しい住戸を提供するこのプロジェクトの洗練された白い外観は、この新しく革新的な都市地区の一部として溶け込んでいます。一方で、中庭は、居住者や来訪者がくつろげる、特徴的で人目につきにくい公園のような空間を提供しています。
MVRDVのバスティード・ニエル・マスタープランは、かつての工業地区と軍の兵営を再開発し、ボルドーのガロンヌ川右岸に新たな地区を創出します。この計画は、地区の歴史的な建造物と街区構成を保持し、それらの要素を日陰と親密さをもたらす狭い街路で取り囲んでいます。建物の独特な傾斜と角度の付いた形状は、「サンカット(suncuts)」として知られるパラメトリックな手法によって決定されました。この手法は、すべての建物が年間を通じて最低限の直射日光を受けられることを保証するもので、どの建物も隣接する建物によって日陰になることがありません。144の区画が地域、国内、そして国際的な多様な設計者によって開発されることで、その結果として、持続可能性、居住性、そして歴史的な個性に焦点を当てた地区となっています。それは、ヨーロッパ都市の都市的伝統に対する活気あるアップデートです。
バスティード・ニエルの北西端のケ・デ・ケリー通り沿いに位置するラ・ヴァレ・ヴェルトは、マスタープランの原則に従った模範的なプロジェクトとなっています。三角形の敷地に建つ3棟の建物で構成され、その街路側のファサードと屋根は滑らかな形状となっており、マスタープランの形態およびその採光要件に従っています。また、都市ヒートアイランド現象の低減を目指すマスタープランの方針に従い、淡いグレーのタイルで覆われています。
対照的に、敷地の中央では、3つの棟が円形の中庭となるようにくり抜かれており、その中庭は地上から最上階まで緑に覆われています。外側に面するファサードが閉鎖的で平坦であるのに対し、中庭に面するファサードには、プライベートロッジアに面した床から天井までの開口部が設けられています。さまざまな大きさの植木鉢がこれらのロッジアの端に沿って並び、花を咲かせる低木から小さな樹木まで、また常緑植物から落葉植物まで、あらゆる種類の植物を支えています。このプロジェクトは、種の多様性を可能にするため、異なる高さに異なる植物を配置し、自然の谷の景観を再現しています。
このプロジェクトの植栽の健全な状態を継続的に維持するため、この設計では、専門の庭師がバルコニー全体にアクセスし、定期的な維持管理を行うための経路を設けています。そのため、構造壁には開口部が設けられ、異なる住戸のバルコニーを隔てるスチール製の扉が設けられています。その用途を遊び心をもって示すものとして、これらの開口部と扉は人の形をしています。さらに、つばの広い帽子によって、庭師のシルエットであることが明確に示唆されています。
「私たちのバスティード・ニエル・マスタープランにおける重要な動機の一つは、この都市の新たな一画に親密さの感覚を与えることでした。歴史的な痕跡を中心に地区を形成することで、親しみやすい街路による意外性のあるネットワークを生み出す一方、建物は日照を確保するために切り取られています。これにより、旧市街に呼応する氷山のような屋根景観がもたらされています。各建築家は、ルールの範囲内にとどまりながら、それぞれ独自の解釈を加えるべきです」と、MVRDV創設パートナーのウィニー・マースは述べています。「ラ・ヴァレ・ヴェルトでは、私たちは3つの棟を切り取り、緑の爆発を加えることで、別の方法で親密さを実現しました。緑豊かな中庭は、この地区の他の部分からほとんど切り離された秘密の世界のようなものであり、そこにいること自体が、来訪者と居住者の間で共有されるひとときとなります」







